ふうりんさん
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灰色ねこ◆4aH6a11ZwA
2024/08/13/22:16
──チリーン…。
「ふうりんさん」。
それは、「ぼく」が通っている学校に伝わるおばけ。
風の無い日に風鈴の音が聞こえたら、それは近くにふうりんさんがいるからだと言われている。
おばけだけど、ふうりんさんは怖くない。
白い着物姿のおかっぱ頭で、男か女かわからないほど美しい。大人か子どもかもわからない。右手に風鈴を持っているだけのおばけ。
ふうりんさんは人間と出会っても何もしてこない。すぐに姿を消してしまう。時には微笑みを向けることもあるらしい。
「トイレの花子さん」とか、「理科室の人体模型」とか、「音楽室のベートーベン」とかみたいに、「ぼく」たちを怖がらせようとはしてこない。
そう、伝わっている。
ただ──ふうりんさんはおばけであり、人間ではない。
そして、人間の常識は、おばけには通用しない。
それは、ふうりんさんでも例外ではないのだ。
その日、「ぼく」はそのことを嫌というほど思い知った──。
──チリーン…。
※この作品はフィクションです。実際の企業・団体とはなんの関係もありません。
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灰色ねこ◆4aH6a11ZwA
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灰色ねこ◆4aH6a11ZwA
2024/08/13/22:16
おばけは、居場所というものが決まっているものだ。
例えば、「トイレの花子さん」ならトイレにいるし、「動く人体模型」なら理科室にいる。
そして、ふうりんさんがいるのは、学校で一番風通りのいい場所。焼却炉のある中庭だ。ふうりんさんはここがよほど気に入っているらしく、雨の日に目撃されることもあるらしい。
中庭にやってきた「ぼく」は、焼却炉のまわりをキョロキョロと見回す。
「あった」
「ぼく」はそう漏らすと、木に吊るされた場違いな風鈴を手に取り、その場から去った。
季節は夏、というか夏休み真っ只中。成績も特に悪くない「ぼく」が学校に来た理由。それは「ふうりんさんの風鈴を盗んでこい」と命令されたからである。
相手は先生もお手上げの悪ガキトリオ、「高橋くん」「伊藤くん」「木村くん」。母親が保護者会とママ友サークルで最上位にいるこの3人は、「ぼく」たちが住む小さな村では正しく無敵に等しい存在だ。
「ぼく」はその日、ラジオ体操からの帰り道、3人につかまり、「ふうりんさんの風鈴を盗んでこい」と命令された。もちろん断れるはずがなく、「ぼく」はおとなしく従った。なぜ「ぼく」なのか、なぜふうりんさんの風鈴なのか、気になる暇も無いくらい怖かったのだ。
学校の正面玄関まで戻ってきた「ぼく」は、そこでニヤニヤしながら待ってた3人に風鈴を見せた。
「はい」
「ぼく」がそう言うと、3人は遠慮せずにじろじろと風鈴を見る。
「へぇ、これが」
「なんか、普通じゃね?」
「つまんねーの」
思い思いにそんなことを言う3人。それはそうだろう。ふうりんさんは風鈴を持ってるだけのおばけなんだから。
「もう帰ろうぜ」
「そーだな」
そう言って踵を返して帰ろうとする3人。「ぼく」は内心ほっとした。次は人体模型の一部を取ってこいとか言われたらどうしようと思っていたからだ。
これでようやく、家に帰れる。
「あれ?」
「どうした?」
「開かない」
「えっ?」
えっ?
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灰色ねこ◆4aH6a11ZwA
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灰色ねこ◆4aH6a11ZwA
2024/08/14/22:05
何かが変だ。
暑くなくなった。
セミの鳴き声が聞こえなくなった。
何か空気が重い気がする。
──チリーン…。
風が無いのに、風鈴の音がした。はっとして、音の聞こえた方を見ると、そこにふうりんさんがいた。
ふうりんさんを見るのは初めてだったけど、そこにいるのが「ふうりんさん」だと一目でわかった。
眉をひそめていて、明らかに不機嫌そうだった。
「な、何だおまえ!?」
「まさか、ふうりんさんじゃ──」
次の瞬間、ふうりんさんは一瞬で「ぼく」たちの目の前まで移動した。そして、「高橋くん」の前で、左腕を真横に振るう。
ある日のことである。
「高橋くん」は他の2人と一緒に体育館にやってきた。
体育館の天井にはボールが挟まっている。どうやったらそうなるのか調べるためだと「高橋くん」は言った。
だが、それは建前だ。実際は3人がボールを天井に向かって投げて、落ちたボールが誰に当たるかを楽しむというものだった。体育館で遊んでいた、「ぼく」を含めた他の生徒全員がいじめの標的にされてしまった、痛ましい事件。
その時のボールと同じように、「高橋くん」の頭が飛んだ。不思議なことに、切断面から血が勢いよく吹き出すことはなかった。
宙を舞った「高橋くん」の頭は、そのまま床に落下する。鈍い音がしただけで、転がったりはしない。
全部で5秒もかからなかった。
「うわあぁぁぁー!!」
みんなで悲鳴をあげていっせいに逃げた。3人とも、別の方向に走った。
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2024/08/14/22:06
ある日のことである。
「伊藤くん」は他の2人と一緒に、学校で一番のいじめられっ子をトイレの個室に閉じ込めた。
そもそも授業にもろくに出ない3人は、そのいじめられっ子がトイレに来るタイミングを見計らっていたのである。
まず手始めに、個室のドアを何度も何度も蹴りつけた。続いて掃除用具であるバケツに水を貯め、いじめられっ子に向けてぶちまけた。最後に中の光景を写真に納めた。
すべて、ゲラゲラと笑いながら行ったという。
ふうりんさんから逃げた「伊藤くん」が逃げ込んだのは、ちょうどその時のトイレの個室だった。
頭を抱え、顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、ガタガタと震えていた。
なぜ?
どうして?
たかが風鈴1個のせいで、どうしてこんなに恐ろしい目にあわなければならい?
わけがわからなかった。
──チリーン…。
「っ!」
風鈴の音が聞こえたので、「伊藤くん」はあわてて両手で口を塞いだ。
かつ、かつ、と足音が近づいてくる。
大丈夫だ。物音を立てなければバレない。
頭の中でそう自分に言い聞かせて、「伊藤くん」は必死に悲鳴をあげるのを我慢した。
こんこん。
ふうりんさんがドアをノックした。「伊藤くん」の入っている個室ではない。
こんこん。
またドアがノックされた。これも「伊藤くん」の入っている個室ではない。
こんこん。
3回目のノック。こんどは「伊藤くん」が入っている個室。
もちろん、「伊藤くん」は応えなかったが、ある疑問が浮かんだ。
なぜふうりんさんは、ドアを開けるのではなく、ノックしているのだろう。自分がふうりんさんの立場だったら、ドアを開けて中身を確認するはずだ。
疑問の答えはすぐにわかった。
「ねえ、遊ぼ?」
「〜〜〜っ!!」
トイレの花子さんだった。ふうりんさんがノックをしたのは、彼女を呼ぶためだったのだ。
「ねえ、遊ぼ?」
同じ言葉を繰り返す花子さん。だが一度目よりも声が低くなっている。
花子さんは無視されることを一番嫌う。彼女の問いかけにはっきり答えなければ殺される。
それがこの学校に伝わるトイレの花子さんである。
だが、声を出せばふうりんさんに見つかり殺される。その事実に「伊藤くん」はただただ絶望することしかできなかった。
「 ね え 、 遊 ぼ ? 」
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2024/08/15/22:23
ある日のことである。
「木村くん」は他の2人と一緒に、喘息の生徒から吸入薬を盗んだ。
その生徒の喘息の症状は軽度だったが、吸入薬がなくなったという不安からパニックを起こしてしまい、呼吸困難で病院送りとなった。
3人が盗んだという証拠はなく、事件はあくまでその生徒の過失ということになった。
「木村くん」が逃げ場所に選んだのは家庭科室だった。3人の中でも特に賢く、参謀を任されることが多かった彼は、完全に恐怖に飲まれるギリギリのところで冷静を保っていた。
ふうりんさんが実在するとわかった以上、他のおばけも実在するだろう。なら、おばけの噂が無い場所に逃げ込めばいい。そう考えたのだ。
だが、隠れただけでは意味がない。最終目標は学校からの脱出だ。
ふうりんさんは、自分の風鈴が盗まれたことで怒っている。ならば風鈴を返せば怒りは収まるはずだ。
その風鈴は、「ぼく」がまだ持っているはず。すぐに「ぼく」と合流して風鈴をふうりんさんに返さねば。
家庭科室から出ることを決意した「木村くん」は、ふと、授業に使う包丁に目をやった。
ふうりんさんに包丁が刺さるとは思えない。だが、少しでも自分を安心させたかった「木村くん」は、包丁を手に取った。
取って、しまった。
──チリーン…。
「!!」
風鈴の音。「木村くん」はとっさに包丁を持って身構えた。キョロキョロと周囲を見回すが、ふうりんさんの姿は見えない。
誰もいない。いたって普通の家庭科室だ。
聞き間違いだったのか? そう思った「木村くん」は、「ぼく」と合流するために早足で家庭科室から出ようとした。
扉をくぐって廊下に出たその瞬間、上から何かが降ってきた。
「!?」
とっさにに手で払おうとしたが、もう遅かった。目と喉を刺激するそれは胡椒。「木村くん」たち3人も悪さをする時に何度か使用したお馴染みの調味料である。
目が開けられず、咳が止まらず、「木村くん」はその場から動くことができない。
そして、
ドスッ
「木村くん」の手から滑り落ちた包丁が、そのまま「木村くん」の足に刺さった。
「ああああああああああああああああああああああああああああ」
突然の痛みに悲鳴をあげる「木村くん」。そのすぐ横で、ふうりんさんが冷ややかな目で「木村くん」を見ていた。
悲鳴は、すぐに途絶えた。
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灰色ねこ◆4aH6a11ZwA
2024/08/16/23:05
「ぼく」は目を覚ました。鼻の辺りがじんじん痛い。
あまり運動が得意ではない「ぼく」は、ふうりんさんから逃げようとして、上履き入れに激突。そのまま気絶してしまったのだ。
あわてて飛び起きた「ぼく」は、「高橋くん」の死体が消えていることに気づいた。むしろぴっかぴかである。たぶん用務員のおばけこと、けんぞうさんが掃除してしまったのだろうと、「ぼく」は考えた。
「ぼく」はゆっくりと立ち上がると、玄関に向かって歩く。扉に手をかけて、力を込めるが、びくともしなかった。
「ぼく」は考える。これがふうりんさんの仕業だとして、ふうりんさんはどうしてこんなことをしたんだろう?
風鈴を盗んだから怒った? いや、それはあり得ない。それが理由なら、ふうりんさんは真っ先に「ぼく」を殺すはずだ。
第一、「ぼく」が持ってきたのはあくまで先生たちが飾った風鈴であって、ふうりんさんの風鈴ではない。これは「高橋くん」たち3人を騙すためのものだ。ふうりんさんの風鈴は、ふうりんさんがしっかり持っていた。
わからない。
わからないということは、恐ろしいということだ。
──チリーン…。
「!」
風鈴の音がした。「ぼく」は、はっとして振り返る。
「ぼく」から少し離れたところにいたふうりんさんは、ゆっくりと「ぼく」に向かって歩いてきた。
「ぼく」は玄関の扉を背にして大の字になり、一歩も動けなくなってしまった。
怖い。怖い。怖い怖い怖い!
ぎゅっ、と目を閉じた。それでふうりんさんが消えるわけではないのに。
ガラガラガラ。
「…え?」
玄関が開く音がした。そっ、と目を開けて見ると、ふうりんさんが手で普通に玄関を開けていた。
「ぼく」が呆気に取られてふうりんさんを見ていると、ふうりんさんは悲しげに微笑んで、すぅ、と消えてしまった──。
「……」
ぽつん、と一人残された「ぼく」は、一応として風鈴を元の場所に戻してから家に帰った。
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灰色ねこ◆4aH6a11ZwA
2024/08/16/23:06
翌日から、「高橋くん」「伊藤くん」「木村くん」の3人は行方不明ということになった。親は捜索願を出したが、地元のお巡りさんたちにも何度も迷惑をかけていた3人を、真剣に探す者はいなかった。
おそらく、「伊藤くん」と「木村くん」も、ふうりんさんに殺されてしまったのだろう、と「ぼく」は考える。
だが、なぜふうりんさんが3人だけを殺したのか、その理由だけがどうしてもわからなくて、「ぼく」はおばけオタクの「鬼塚くん」に訊ねてみることにした。
「鬼塚くん」の返答はこうだ。
「あの3人の悪事は、学校のおばけたちもよく知っている。3人はおばけに見限られたのかも」
3人はおばけにとっても嫌なやつだった。でも、そんな理由で殺してまっていいのか?
「ぼく」の更なる問いに、「鬼塚くん」はこう答える。
「おばけに人間の常識を求めちゃいけない。おばけは、怖いことに一番の意味があるんだ」
怖いこと。確かにあの時のふうりんさんは、すごく怖かった。
でも、最後に見せた悲しげな微笑みは、ほんとうは殺したくなかったという意味なのではないだろうか。
それとも、無関係な「ぼく」を巻き込んでしまったことに対するお詫び?
考えても考えても、答えは出てこない。
それでも、風鈴の音がする度に、「ぼく」はふうりんさんのことをぼんやりと考えるのであった。
結局あの日以来、ふうりんさんには会えていない。
──チリーン…。
『ふうりんさん』完
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